2015年8月12日水曜日

強いのは、過去よりも現在の自分

皆様、ご機嫌いかがですか。こんにちは、ようこです。
放っておいたらどんどん本が増えてきて、置き場所に困ってきてやっとこさ本の整理と処分をしました。
本棚のスペースも空けないと入らないので、日頃は見えない後列の本も片付けることに。
マイ本棚における後ろの列というのは、開かずの間みたいな面があって
自分の中では「永久保存すべき本たち」の置き場所となっていたために
余計にほったらかしなところがあったのですが、しかし今回整理してみると、なんでこんなものまで???というのが出るわ出るわ。
特に大幅に場所をとっていたのが、以前私が勉強していた資格の過去問集でした。
ぜーんぶ捨てました!おお。スッキリ!!

これは永久保存版だよね、と判断したのは過去の自分であって、
今の私にとっては不要だったり、興味もとっくに失せてたりするのに
捨てられなかったのは、そこに執着があったからなのだと思います。
自分がエネルギーを注ぎ込んだ事なら、なおさら。
でも、「これは到底、捨てられないわ」と思っていたのも過去の自分であって
”本日ただいま現在”の自分ではない。
変われるわけがない、むしろ変わるもんか、くらいに思っていたのに、案外同じままではいられないものなんだなぁ、と思います。

スピリチュアル方面の本では『人間にとって変化は必然』といった事がよく書かれていますが、
これは、目に見えない内側の自分も毎日毎日自然に変化しているんだよ・・・と、
そういう無意識すぎて気づけないような部分も含んでいるのだと思います。

目に見える外側の現実世界に変化がないと、ああ、私なんにも変われてない、と思ってしまいがちだけれど
そこを自分で証明しないと!とか、あるいは、変化したなら(先に)その証拠を見せろ!と考えてしまうと
自分や他人を信じることはやはり、難しくなってしまう。

でも、「前はできなかったかもしれないけど、今の自分ならできる!」っていうこと、たくさんあると思います。

例えば昔、恋愛でイヤな思いをした方も、「これからの恋愛が100%不幸になる保証」というものは全く存在しないし、
仮にそんなことがあったとしても、今なら似たような事でも気にならないとか、余裕でクリアできる自分になっていたりする。
「そういや、なんで私あんなことを恐れていたんだろうね」って、笑い話にできちゃうくらい楽勝な自分になっているかもしれません。

恋愛に限らずですが、過去よりも今現在の自分のほうがぜったいに、強い。

修造さん風に言うなら「昨日の自分よりも、今日の自分を信じろ!」という感じでしょうか。

証拠がないことを信じる、というのは抵抗があるかもしれませんが、
自分を信じるぶんには誰にも迷惑をかけないし、損をする人もいませんよね。
それくらいお気楽でもいいと思うんです。今はそんなことを思っています。


2015年8月5日水曜日

【終了しました】メールリーディングのモニターさんを募集いたします

みちよさんの『ハートのスピリチュアルカウンセラー養成講座』を無事に終えることができました。
約4ヶ月にわたる講座期間中は、それはもう泣いたりやさぐれたり笑ったり、
濃密な人生の旅のようでした。
正直しんどい時もありましたが、みちよ師匠と仲間たちに支えてもらいながらのこの時間を
きっと私は生涯忘れることはできないだろうと思います。

この度、メールによるリーディングのモニターさんを募集させていただきたく、
有償ではありますが、ピンと来るものがありましたらご参加下さればと思います。

煮こごりのようにドロドロした当ブログにたじろぐ方も多くおられるでしょうが、
私の信念は「人間の本質は必ず光である」ということ。
だからこそ愛を求めるのですが、それが人間であるがゆえに必ずしも上手くいかず
時に誤作動したり、苦しくなってしまいます。
本来、どんな感情にもそれが生まれた理由がちゃんとあって
それ自体に良し悪しはありません。
皆さまが少しでもラクになれるお手伝いをしていきたいと思っております。

★★★★★★★★★★

募集概要は次のとおりです:

☆ご相談内容 2件まで
 (内容は問いません。A4サイズ用紙3枚程度に収まるよう、ご協力お願いいたします)

☆料金 2,000円 (メール1往復とします)

☆プライバシーと秘密厳守をお約束いたします

☆お申し込みはこちらのフォームをご利用ください
 ⇒ https://ssl.form-mailer.jp/fms/ed7fe6b2385312
 
☆お申し込み後、3日以内にご案内メールをお送りします
 (振込先・ご相談内容をお寄せいただくメールアドレス等をお知らせいたします)

☆お振込の確認が取れました後、ご入金日付から1週間以内に返信いたします

☆ご相談内容が「こういうことに悩んでるの」と特定できるようにお書きください。
 その他に気になることや日常のこと等、なんでも自由に書いてくださって構いません。
 文章を上手くまとめようとしなくても大丈夫です。

☆思うままに書いているだけで考えが整理できたり、気分が楽になれることがあります。
 そうした機会としてもこの場を利用していただけたらと思っておりますが、
 今回モニター価格での募集ということもあり、長くなる場合にはA4サイズの用紙に
 3枚程度までに収めていただけますよう、ご協力のほどお願いいたします。

☆リーディング内容について、ご感想やフィードバックをお寄せくださると幸いです。
 今後のために活かせていただきたいと思います。
 (ご感想等いただいた場合にも一切公表はいたしません)

☆お申し込み以外のお問い合わせやメッセージはこちらへどうぞ
 ⇒ ennuisakaba@gmail.com

どうぞ宜しくお願い申し上げます。 


アンニュイ酒場 ようこ

2015年7月30日木曜日

高校野球の応援と強制チアガール


高校野球がムカつくんだわ。極めて個人的に、イヤな記憶を喚起するからなんだわ。
誤解を招く可能性が大きいのを承知で書くが、
最初に断っておくと、「応援を強制された立場」としてムカつくのであり、みんなが頑張っている姿に励まされたりとか感動して涙することは大いにある。
野球や球児にムカつくのではない。
その裏側にある「応援するんでしょ、だから全部よろこんで負担するよね」みたいな半強制の全体主義的なものに対して腹が立っていた、その記憶について書く。

昔むかし、私が高校生の頃の話。
今はどうだかわからないけど、当時はあらゆる部活の中で野球部がなぜか優遇されていて、でも私の母校はスポーツ弱小の公立校で、特に応援部があるわけでもなかった。
そもそもは間に合わせ的な発想だったのだろうと思うが、私の部活(文化系)の女子がいつしか不文律めいた「伝統」から、全て手弁当でチアガールをすることになっていた。
野球部OB等からの寄付があるわけでもないので、衣装やらアンダースコート(フリフリの見せパンツね)やら試合応援の交通費とか、全部自腹。
(私自身はこういう学校生活でのボランティア的な活動をすることも家で全否定されていて、費用を全部自分のバイト代から出していたのもイヤだった)
各メンバーの応援歌に合わせた踊りの振り付けやその練習までこちら負担。
おまけに、補欠メンバー分まで含めた四つ葉のクローバーを、試合当日の早朝に、高校の敷地内で人数分摘んでお守りを作成するという念の入れよう。

フツーにきいたらさ、おや青春だねぇ、みたいな「ちょっといい話」かもしれんよ。
でも、大人気ないし恥を承知で言うけど、あれから⚪︎十年経つにもかかわらず女子高生当時の自分と激おこポイントが一緒なのよ。
つまり、身銭を切ってまでこういう「思いやり」めいたものを組織的に強制すんな、っていう点で。

どうぞ、くれぐれも皆さま、自分個人を全体とか集団に紛れ込ませて溜飲下げてくれるなよ。周りに合わせて「わかったフリ」を続けていても、一生自分に嘘をつき続けることができなかったとしたら私みたいに年とってからグレる羽目になっちゃう。
これはほんとに、よろしくない。損なハナシです。
見た目は従うにしても、面従腹背でかまわない。でもホントはイヤなのよね・・・って
自分の本音を自分だけでもわかってあげていれば、きっと大丈夫。そんなに引きずらずにいられると思う。

もっとも、嘘がつけなくなったところで今後いちいち怒る必要もないし、むしろ心はラクになれると思うけど
そもそもなんで周りに合わせてきたのか、わかったフリをしてきたのか、って部分は
自分で認めてあげたほうがいいかもしれない。
誰からも理解が得られなかったからかもしれないし、愛されたかったからかもしれないし、否定されるのが目に見えていたからかもしれない。
でも、共感されないからといって、それが間違いなわけじゃない。
「なんかおかしいな、納得いかないな」という思いにだって、自分なりの根拠があるんだもの。

色々ずれたけど、今くらいの自分軸が当時あったら、ぜったいチアガールなんか断ってたなぁ、って話(笑)

2015年7月28日火曜日

トラブルシューティング人生

Amazonのメールが来ない。届くべきメールが来ない。
Amazonちゃんは送信してくれているのに、どういうわけか受信ができない。
特に何かの設定をいじったわけでもないし、自分で諸設定を確認しても問題ないし
Amazonちゃんにも通信会社にも直接それぞれ2、3回問い合わせしたし。
おまけにその場で再送信もしてもらったのにメール来ない。
不思議な事もあるもんだなぁ。
結局、あれこれやってもやっぱりメール来ないから放っておくことにしたけれど。

うっかり、こんなしょぼいトラブルシューティングに燃えてしまった。躍起になってどうにか解決しようとした。
そして、そんな自分に気づいて愕然とした。
「トラブルシューティング」。私の生き方そのものではないか。
問題は自分で全部解決しなきゃ。不都合があってもリカバリできる自分にならなきゃ。
いや、それ以前に不都合が生じないように対策を講じておこう・・・といった具合に。

なんだか悲しくなった。
大事なことではあるけれど、人生においてこんな事ばかりしていたら不毛だよ?
「喜び」に生きるどころじゃあない。だって、注目してエネルギーを注いでいるのが「問題」ばかりなんだもの。
そして、無意識に「問題がある」前提で生きているから、現実に起こるのもまた「残念な引き寄せ」だったりして。

うわぁ、バカバカしいわやってらんないわ、だからこんなパターンやめてやるわ。私は自分を救うんだから・・・と思うものの、
心のどこかで引き戻されてしまう。
私のエゴちゃんが言う。
『そんな簡単に手放せるワケないでしょ。大体、誰のせいでそんなパターンを身につけたと思うの?誰も守ってくれなかったからでしょ?
あいつらは善人ヅラして今日も安穏と生きてるよ?悔しくないの?ここでやめたら今までの努力がムダになるんだよ?だからやめちゃダメなのよ!』

それはそうだ。エゴちゃんの言うことにも一理ある。過去の自分はたしかに可哀想だった。
でもなぁ。もう、「可哀想な私」を引きずって生きていたくないんだよ。今とこれからにフォーカスして、人生をつくっていきたいんだ。
可哀想だった過去の私ときみのことを「なかったこと」にするわけではないから、エゴちゃんよ、大目にみてくれないか。  


2015年7月24日金曜日

辛い時でも自分で自分を救う覚悟


実家に行ってきました。ほわぁ~ふ(深いタメイキ)
いやマジで私にとっちゃあ避けるべき鬼門なんで。
実際にわりと距離おいてるから
ハタからさんざん親不孝よばわりされとるんだけども
何がしんどいかって、今でこそ生命は取られないものの魂を取られる、みたいな感じなんだよね。

元々は過去にも色々あるんだけど、詳しくは言いたくないから、書かない。

「じゃあ絶縁すればいいじゃん」とかすぱーんと言われちゃったら、それはそうだね。うーん。返事に困ってしまうなぁ。

そこはまぁ、ちと脇に置かせてもらって
精神的に…であれば「自分で自分をけっこう救えるかも」という話。

背水の陣でも四面楚歌でも。
どうあがいても味方がいない状況であったとしても。

「自分を守る・助ける」意識を持つこと。
それだけでも、ラクになれると思う、本当に。

これは私がいまお世話になっているみちよさんの講座でも、折に触れて言われている事でもある。

みちよ師、曰く。
『自分で自分を助けてあげる』
『自分とパートナーシップを組む』
『自分を徹底的に助けてあげる』

いいでしょ(*^_^*)いい言葉だよね。

うんうん、やるよー!と思いながらも、これらを自分の現実には決して上手には適用できていなかった私。

「できていない」というよりも、この身をもっての体感がなかった。
やってる「つもり」ではラクにもなれず
しかし、体感なしには納得ができない。

意識としては、いつでも自分を助けるよー!なんて思っていたつもりだったけれど
いざ過剰な煩わしさや理不尽の嵐に直面すると、自分のクセ(=繰り返しているパターン)が出てしまう。

こういう時に私は、感情をすっかり麻痺させて
人間の振りをしたロボットのように
粛々と済ませるほうが正直ラクだったりする。

しかし、感情のシャットダウンとは自分の魂を殺すこと。

そうして物理的には周囲の役に立てるかもしれないけれど、
それは自分とそのエネルギーを明け渡して「犠牲者」になるのとほとんど表裏一体の、危険性も包含する。
なにより「自分を助ける」事からはかけ離れてしまう。

エネルギーを取りっぱぐれてしまったら、どうなるか。
大抵は他人から奪おうとしてしまう。

エネルギーの奪取がもしも、あからさまにアホなやり方なら自然淘汰される部分もあるけど、
相手が社会的に権威者とか、「悪気はない」一点張りとか、無意識あるいは狡猾で巧妙だと、非常に苦しい。喧嘩すらしづらい。

どうしたもんかね。
まぁ、いきなり全てにNOをつきつけるのも上手くないから、やるこたぁやってやるよ、と。

それでも、「あぁ、イヤだわクソムカツクわ。でも、これが済んだら私は○○してやるんだ」って考えるだけで、本当に本当に、救われる。

○○の中身はなんでもいい。
ほんとに、「インスタントコーヒーで一息入れるわ」だけでいい。
自分をホッとさせよう、なにか一瞬だけでも楽しもうと思えるだけで、全く同じ日常が救われる、ラクになる。

問題は、そもそもそんなふうに考えられなくなっちゃってる、ってことだよね。

ここんとこは、けっこう根深いかも。
長くなりそうだから、またあらためて。

2015年7月15日水曜日

強さ、いろいろ


出たよぉ~。Gがついに。
履いてたスリッパを咄嗟に脱いで退治したよ~!
(お食事中のかた、申し訳ありませんm(__)m)

まぁびっくりしましたけど、一瞬のアクションがコレだからね。初動でまごつかなくなったなぁ、私も強くなったなぁと思って自分で感慨深いです。

ふと、「強さ」って何だろうと思って。

きっかけは、敵に対して叫びもせずためらいもせず
躊躇なくスリッパを武器にできる女(私のこと)ってどうなんだろうねwって思いなんだけど。

瞬殺だもん。強いっちゃ強いよね。
(以前はできなかった)

ある意味ちゃんと自分で自分を助けることができたにもかかわらず、
妙にモヤモヤしたのは、「スリッパ攻撃」を己にこれまで禁止していたせい。
女子として禁断の扉開けちゃった?みたいな。

大げさに言えば、
受け身で愛されたい女子としての自分像と、強さの葛藤。

自分にとっての大問題は、こういう「強さ」を全力で否定してきた、ということだ。

今までは、こうした自分像は「ダメね~女らしくないからね」って封印してきたと思う。
(実際問題、私のいた環境では「強さ=男の専売特許かつ既得権益」という圧力は強かった)

でも、強さとかパワフルであることって
人それぞれに、色んなあり方があったはず。

そこに気づけずに、
硬直的で一義的な「強さ」の捉え方から抜けられなかった点が、私の哀しい所だ。

私自身は、
別にマッチョで鍛えて頑丈な肉体の強さもないし
酷い扱いを全部跳ね返せるガードの強さもないし
ユーモアで全部やんわり受け流せるしなやかな強さもないし
かといって自分で全部ねじ伏せる能力の強さもない。

おまけに言えば、母性本能なんていう強さもない。

全部ない。
だから私は弱すぎる無力な存在なんだな、と思ってた。

でも、なんかおかしい、やっぱりおかしい。

「お前は弱い。なぜなら○○がないから(or 出来ないから)」等と指摘され、言われてきた事の多くは
私たちの問題ではなく、それを言ってくる相手自身の問題だったのではないか、と今は強く思う。

矛盾も過ぎると逆にひっくり返しやすいかも…?
なんて、一縷の望みをつないでいたいと思ってる。

2015年7月14日火曜日

香水臭いコンビニに煩悶の夜


近所にコンビニがあってね。便利なんです。
私、うっかり買い忘れたものを調達しに、夜10時過ぎにコンビニに行くんですよ、切手とか食パンとか消しゴムとか。こまごましたものを。

でも大概、臭いんだ。
コンビニ入った途端、すんごい香水臭いんだよね。
曲がりなりにも食品を扱うお店レベルじゃあないって言わせてもらう。

元凶はオーナーさんなんだよね。
香水を己れに振り撒きすぎて、店内全体に充満しとるわけよ。

意外と飲食店オーナーさんにこういう人いる。

気持ちはわからなくもないよ。なんか、加齢臭を気にしてるみたい。
そんで、なんかの代償行為みたいにスタッフを若くて綺麗な女の子ばかりで固めてる。

いつも優しくて可愛くて親切な女子店員さんたちがトゲトゲしてるのは、私の気のせいだけじゃないとも思ってる。

一瞬、考えてしまう。
フランチャイズ元に文句言ってやろうかと。
私はこういう場面で冷静に陳述するから、「勝てる」自信は正直ある。

しかし臭いヤツが「オーナー」だから、働いてる彼女たちに迷惑が及ばないだろうかと。

そんなのほっときゃいいじゃん、そもそも買い忘れる私が悪いんじゃん?
って思ったら、すっこんじゃうだよね私は。

まぁでも。
そもそも、よそさまに口出しするより先に、自分の事を助けたい。
ほんとは、今はそれが一番やりたい事。

それと同時に、世の中や他人事に怒り続けてる自分にも必ずワケがあるのだ、とも思う。

だから今は、そんな矛盾しまくりの自分にも共感して、なにかを見つけたいと思ってます。
(これってショック療法なのかな。内輪ネタすんませんw)