2015年6月4日木曜日

母にとっての私とは


母にとっての私とは何なんだろう。

愚痴のゴミ箱であり、憂さ晴らしの道具であり、
外では自慢の道具であり、「ワタシ愛されてる」のネタ供給元であり、無料家政婦であり、
しかし母の言葉によれば私は「家畜以下」であり。

私は「私」である前に、
人間ですらない、ということじゃないか。

こんな私が、どうやって生きる価値があるっていうんだ。

家畜として生きればいい?

冗談じゃない!

私は人間なんだ。
何のためにわざわざ人間に生まれたの?
喜ぶためだよ!
美味しいものをたらふく食べるため!楽しいことだってたくさんするんだから!

私は私を生きるんだから!

4 件のコメント:

ふみぃ さんのコメント...

レベルは違うかもしれないけど、わたしも、クソ!自分を生きてやる!って感じだよ〜。こういうとき、怒りってすごくいいガソリンだよね。

さこ さんのコメント...

ふみぃたん、
コメントありがとう\(^o^)/
ほんとそうだね、ガソリンだわ!
怒っていいんだとあらためて思えたよ。

私は勝手にみんなと比べて自分を低めるクセがあるから、この記事アップするときに本当に怖くて震えたけど、出してよかった。
人間、どこかで共通の想いってあるんだろうね…(´・ω・`)

ふみぃ さんのコメント...

おお。すごい迫力の文章だと思ったよ。

さこ さんのコメント...

まァじかぁ~。
はずかしいけど、ありがとう!ほんとに。